Vive-hodie

日本初の猫カフェ「猫の時間」と 神戸元町の「モダナークファームカフェ」、近鉄百貨店上本町店で鑑定している占い師のブログ。

いい距離をとる

冷血 (新潮文庫)

冷血 (新潮文庫)

 見てきましたよ。カポーティ
実は、大学生のときに、自主映画の監督してたぐらいの映画好きなんですよ。
「いい画が撮れるなら、何の犠牲でも払います」とか、震災のときに、自分も被災して悲惨な状態のくせに、「あー。これなら実写版のアキラ撮れるな〜。」とボンヤリした頭で思うぐらい映画に取り付かれておりました。
 そういう私を友人は「あんた、カポーティにそっくり。冷血読んでごらん。」と口々に言っておりました。
読みましたところ、なんてことないノンフィクション*1じゃん?それより、コリン・ウィルソンやろー。と当時は思ってました。

が、この映画を観てビックリ。私がアホでございました。
すごいわ、これは。
 この映画は是非、カウンセラーさんや、お医者さん、占い師さんに観ていただきたい。この映画のテーマは人(クライアント)との距離の取り方について。
 映画では、カポーティが取材相手にのめりこんで、客観と主観の間で揺れ動き、それから逃避するように、自分を茶化して社交に没頭する様子が描かれます。
 この、客観と主観の間で揺れ動く、これが、一番、占い師ではヤバいことなんですね。クライアントは何かに悩んで来てくださっている。黙っていても、占い師との距離は縮まるわけです。クライアント側から考えれば、占い師に近づけばこの悩みが「治る」に違いないという心理が働く。
 よくね、こういうときに、お客さんに同調して、「そうねぇ。そうねぇ。」とか親身になり過ぎる占い師さんとかおられます。あれは本当に危ない。演技でやってるんだったらいいんですけどね。相手の側に立ち過ぎると客観が消えてしまい、まともに分析できなくなるんですよね。あの人は親身になって考える占い師さんだ。という評価は聞きますが、親身な占い師さん=当たる占い師だという噂を聞いたことがないのはそのせいです。
 逆に、上からモノを言ったりする占い師さんもよく見かけます。これはこれで、お客さんの話を勝手に自分の主観で判断してしまい、冷静になれないんですな。これは、クライアントとの距離を取り過ぎてる例です。こういう人は分析はきれいに出来ても、クライアント側の言葉を使って、伝える術を知らないので、当たる占い師さんという評判にはならないのです。
 この微妙な距離感というのが本当に大事で、気功や太極拳では推手という、二人で手を合わせて押し合い、コケたほうが負け。というのがあります。これはどういう人が勝つというと、相手との距離を一定に保てる軸の柔らかい人が必ず勝つんですね。
 柳の木は台風に吹かれるけども、折れにくい。柔らかいから、押されても、また元に戻るんですよ。つまり、軸が柔らかい=感性が柔らかい、または感性が若い占い師が、距離をうまく保てるということです。
 見た目の若さは鏡でチェックし続ければある程度保てますけど*2、感性の若さというのは、難しいので、厄介です。世の中見渡せば、

Timeless (Dig)

Timeless (Dig)

Jukebox

Jukebox

おじいさんになっても、若い人と太刀打ちできるこういう人たちもいますので、どんどん見習っていきたいと思います。
そのためには、「今の若いやつらは!」とか言わないようにしたいもんですね。

追記:人とのうまい距離が取れない=礼儀のないという人に対しては厳しくありたいと思います。これは、最近の若い奴らは!というのとは別。うまい距離が取れない、取る気持ちのない人々というのは、えてして、土足で踏み込んでくるので、はっきり言わなければ、こちらがヤられてしまうので。

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*1:ノンフィクション小説というのは実はカポーティが最初に作ったジャンルなんですよね。それだけでも凄いのに、若い時分のアホな私はそうかなぁー。とかと侮ってました

*2:至難の業やけどもね